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AI時代の知財戦略とこれからの制度設計

目次
prof by yoichi ochiai 320px 1 stii タイムスタンプサービス

弁理士 木本大介

ピクシーダストテクノロジーズ株式会社 知財・法務・広報グループ グループ長

2003年、上智大学大学院電気電子工学専攻修了後、株式会社リコーに入社。知的財産部で、複写機を中心とした電気・機械分野の権利化業務に従事。2006年 弁理士登録、特許事務所にて電気・ソフトウェア分野を中心に出願代理業務に従事。2018年 ピクシーダストテクノロジーズ会社に知財マネージャとして参画。知的財産業務及び契約業務の実務及びマネジメントに従事。IP BASE AWARD 2021スタートアップ部門グランプリ、令和4年度「知財功労賞」の受賞に貢献。人事責任者・広報責任者・法務責任者も兼務。

【AI時代の知財戦略とこれからの制度設計】

⠀デジタルコンテンツの保護

デジタルコンテンツの知的財産保護について、どのような技術や法的措置が有効だと考えますか?

 

これは冒頭でもお話しした「著作権」の話につながると思うのですが、デジタルコンテンツの著作権保護において有効な技術の一つが、ブロックチェーンだと考えています。

たとえば、ある写真やデジタルで作成されたイラストなどが、著作者の情報を保持したままデジタルコンテンツを流通させることができるという点で、ブロックチェーン技術は有効です。デジタルコンテンツは、アナログな一点物の絵画と違って、簡単に複製・拡散されやすいという特性があります。そのため、最終的に法的措置を取るなら著作権法を使うしかないのですが、それだけでは限界があると感じています。

簡単に言えば、“デジタル警察”のような存在が必要なのではないかと思っていて。たとえば、「他人の作品をアップロードしたらアラートが出る」「自動的にペナルティが発動する」といった仕組みがなければ、現実的に抑止は難しいんじゃないかなと。

実際、YouTubeなどでは、著作権付きの音楽をアップロードしようとすると自動的にブロックされたり、警告されたりするシステムがありますよね。ああいった仕組みは一つのモデルケースになると思います。

他にも、たとえば論文やレポートでコピペを検出するツールは昔からありますし、最近では生成AI由来かどうかをチェックするツールも出てきています。
そういった技術的な検出・警告機能を活用することで、たとえば映画館の冒頭での「盗撮禁止」みたいな単なる注意喚起よりも、実際の抑止効果は高まると考えています。

逆に言えば、今の段階で有効な手段は、それくらいしかない。だからこそ、そこはしっかりやっていくべきだと思います。

それに、著作権に関する法的措置は、権利者自身が訴えを起こす必要がある。
今後、個人クリエイターがどんどんコンテンツを発信していく中で、「作品を作る時間はあっても、訴訟にかける時間はない」という現実があります。

だからこそ、法的措置だけに頼るのではなく、プラットフォーム側の仕組みとカルチャーでカバーしていくことが必要だと感じています。
たとえば、SNSで、著作権を侵害するコンテンツをアップしたアカウントがBANされるなどのカルチャーもその一つです。そうした「“法的措置の外側”で守る方法」が、今のところ現実的な対応なのではないかと思います。

⠀知財保護の課題

現在、日本国内で知的財産保護に最も大きな課題として何が挙げられると考えますか?その解決策についてどう考えていますか?

生成AIに対応した知的財産制度の構築が必要なのか、それともそもそも知財で対応する話なのかどうかすら、正直まだはっきりとは分からない状態だと思います。

ただ、明らかなのは、生成AIの登場によって社会と知財制度との間に“いびつな歪み”が生まれてしまったということ。
そして、今の課題は、その歪みを解消する、つまり実態に即した制度のあり方に再構築することにあると思っています。

その歪の解消方法が、正直に言うと、まだ見えていません。ただ1つはっきりしているのは、今の制度と現実との間で、圧倒的に“スピード感が違う”ことが、歪みの大きな原因だという点です。

実はこのスピードのズレは、生成AIが登場する前から起きていた問題でもあります。
たとえばインターネット上のソフトウェアやサービスの進化スピードは非常に早く、それに対して特許制度の時間軸が合っていなかった。そのもともと存在していた時間軸のズレが、生成AIの登場によって“決定的なズレ”に近づいてしまった、というのが今の構造だと思っています。

じゃあ、その“ズレ”をどう解消するか。
これも簡単な話ではないですが、もし特許制度という枠組みで考えるのであれば、国(特許庁)側にAIを導入するしかないのではないかと考えています。

どういうことかというと、今、特許制度では「人間が申請書を作り、人間が審査をする」という形になっていますよね。もし出願側(弁理士など)をAIに置き換えたとしても、審査官が人間のままだと、結局そこでボトルネックが発生してしまう

つまり、「AIが作った特許を、AIが審査する」というAI×AIの構造にしない限り、時間のズレという課題は根本的に解決できないと思うんです。

ただ、それが実現したとしても、それが果たして“制度”と呼べるのか?
あるいは、社会的に受け入れられるものなのか? その点はまだ、私自身もはっきりとした答えを持てていません。でも少なくとも、今のままだと時間軸のズレは埋まらないという問題意識は強くあります。その“時間軸のズレ”こそが、今まさに向き合うべき課題だと感じています。

⠀知財教育の必要性

企業内での知財教育の必要性についてどう考えていますか?具体的な教育内容や方法について教えてください。

そうですね、企業内での知財教育の必要性についてどう考えているかというと、私は「めちゃくちゃ必要」だと思っています。

これはさっき少し触れた話とも関係しますが、私はスタートアップに所属していて、そもそもスタートアップで弁理士が社内にいるケースはかなり稀です。
外部の弁理士に依頼している企業も少数派で、知財に関するリソースや体制が十分に整っていないのが実情です。

一方で、スタートアップに転職してくる社員は、大企業出身の人が多かったりしますが、必ずしも十分な知財教育を受けているとは限らないんですよね。
しかも、大企業であっても知財教育の難しさは依然としてあるようで、私の周りの友人たちも同じようなことをよく言っています。

そういう意味で、これはスタートアップに限らず、どんな企業でも知財教育は重要なテーマだと思っています。

具体的に「どういう教育が必要か」という話になると、それはもうケースバイケースで、方法論も人それぞれだと思います。

ただ、ひとことで言えば、「教育者の教育」がいちばん大事だと私は思っています。

大学の教授だからといって、小学生に算数を教えるのが得意だとは限りません。
このとき、小学生に「大学レベルの話を理解させる」努力をするよりも、大学の教授に“小学生でもわかるような教え方”を習得させる方が成功率は高いと思っています。

つまり、専門家に「素人に伝える技術」を教えることが、知財教育の核心なんじゃないかと考えています。

専門家は、知財の知識においてはプロですが、「素人に話す技術」においては素人です。私自身もそうです。だからこそ、「もっとわかりやすく話すにはどうすればいいか」という点について、専門家側にしっかり教育を施すこと。
それが、企業内知財教育の具体的で現実的なアプローチではないかと思います。

⠀知財保護の技術的側面

知的財産保護において、タイムスタンプはどのように活用できると考えますか?その利点や課題についてどう考えていますか?

まず、タイムスタンプの活用方法についてですが、基本的には用途は1つしかないと思っています。

タイムスタンプというのは、その名の通り「ある時点でその情報が存在していたことを証明する」ための技術です。もちろん、ただファイル名に日付を入れるとか、ポストイットに手書きするようなものではなく、一定のエビデンス力(証拠能力)があるものを前提としています。

この技術の本質的な活用方法は、「自分たちが他者よりも先だった」ということを、第三者に対して証明するためのものです。
つまり、「うちらの方が先にやってましたよ」と主張したいときに使うための仕組みだと思っています。

タイムスタンプの利点としては、たとえば特許制度のように“早い者勝ち”の世界でとくに重要になります。
「私たちの方が先に着手していた」と主張したい場面で、その証拠として使えるのは大きな強みです。

実際、特許制度自体が「出願の早い者が勝ち」という仕組みで運用されており、出願時に自動的に“出願日”というタイムスタンプが付与されます。これには最低でも1万4,000円の費用がかかりますが、特許庁が記録するという意味では非常に強い証明力があります。

ただし、特許にはデメリットもあります
一度出願すると、その内容は公開されてしまう
つまり、「中身を公開したくはないけれど、存在の証明だけはしておきたい」といった場合や、「すぐに証明を残しておきたい」というスピード感の面では、特許よりもタイムスタンプを使う方が有利です。

私自身も、商用のタイムスタンプサービスを有料で導入することを検討したことがあります。

一方で、タイムスタンプ活用における課題は大きく2つあると考えています。

    1. コスト(お金)の問題

たとえば、Windowsのファイルにもタイムスタンプ機能はあります。あれなら無料です。
それに対して、商用タイムスタンプサービスはお金がかかります。
「本当にそのコストを払う価値があるのか?」という点での納得感の醸成が非常に難しいと思います。

    1. 証拠力・信頼性の問題

これは1つ目と密接につながっていますが、「そのタイムスタンプが本当に信頼できるものかどうか」という点です。

たとえば、特許庁の出願日であれば、誰もが「それは正しい」と認めます。
でも、聞いたこともないベンダーが発行したタイムスタンプを見せられた場合、「これって本当に信用できるの? 捏造じゃないの?」と思われてしまう可能性が高い。

だからこそ、信頼性のあるベンダーや認証機関の存在が重要だと思っています。
それは1社だけでなくてよくて、たとえばGoogleやMicrosoftのような、グローバルでも通用するレベルの信頼性を持った機関が参入してくることが、普及の鍵になるのではないかと。

そうでなければ、「別にWindowsのタイムスタンプでいいじゃん」というような世界観になってしまい、商用タイムスタンプが選ばれる理由が薄れてしまうのではと感じています。

⠀中小企業の知財活用

中小企業やスタートアップ企業が陥りやすいIP関連のミスとその対策。知的財産を活用するための具体的な戦略や支援策についてどう考えていますか?

中小企業やスタートアップが陥りやすい典型的なミスは2つあります。
1つは「何もしなさすぎ」、もう1つは「やりすぎ」です。

特許の訴訟の事例から分かるのは、特許への投資が“結果として遅かった”というパターンが非常に多いということです。

また、早めに動こうとすると、「数をたくさん出してしまう」という落とし穴にも陥りがちです。いわば、将来のための“貯金”のように、特許出願を重ねる
でもその結果、特許にリソースを使いすぎて、商品開発や採用に必要な人件費が足りなくなるという事態にもなりかねない。
このバランス感覚が非常に難しいと思っています。

 

ここまでが、スタートアップがよく直面する知財にまつわる「悩み」や「ミス」の話です。

では、どんな支援や戦略が必要かという話ですが、私はよく「蛇口の開け方」に例えています。

つまり、知財戦略というのは、水道の蛇口を「最初から全開にするか」「ちょっとずつ開けていくか」「状況を見ながら絞るか」といった、リソースの出し入れをどう管理するかという話です。

スタートアップにはこの「知財の蛇口の開け閉め」が分かる人が少ない。
だからこそ、知財の蛇口の扱い方を知っている人を入れる、もしくは外からコントロールしてもらう必要があると思っています。

つまり、弁理士や専門家がスタートアップの知財予算管理まで踏み込んで関わることが大事なんじゃないかと。

ただし、ここには弁理士業界の構造的な課題もあります。
今の仕組みだと、「特許出願件数が増えると売上が上がる報酬モデル」になっているため、弁理士が「出しましょう」と特許出願してもらわないと儲からないモデルになっている。

そうではなくて、「特許を出さなくても、報酬が発生するようなモデル(顧問契約など)」を増やすことが必要なのですが、現状ではまだ一部の弁理士しかそういったモデルを持てていないのが実態です。

このような弁理士業界のビジネスモデルが、スタートアップにとって弁理士を活用しづらくしている要因のひとつだと感じています。

⠀AIと知的財産

AI技術が進化する中で、知的財産保護にどのような影響が考えられますか?その対策についてどう考えていますか?

対策については、正直まだよくわかりません。でも、なんとなく感じているのは、「ちょっとした条文改正程度ではもう追いつかないんじゃないか」ということです。
つまり、対症療法的に少しずつ修正していくのではなく、もっと根本的に“新しい制度を作る”くらいの抜本的な変革が必要なのではないか、という気がしています。

知財の難しいところは、まさに「法律制度そのもの」なんですよね。

たとえば、日本国内での法改正ですら非常に手間がかかるのに、知財制度はそもそも国際的な枠組みの中で整備されている部分が多い

だからこそ、こうした変化への対応も、「日本だけが先に進めばいい」というものではなく、世界全体で足並みを揃えないといけない側面がある。

この「国際調和」が、知財制度における最大の難しさだと感じています。
だから、解決策を考えるうえでも、相当な時間と合意形成が必要になってくるでしょうし、なかなか簡単な話ではないなと思っています。

⠀将来の展望

知的財産保護や法改正の将来的な展望について、どのような変化が予想されると考えますか?その準備としてどのようなステップが必要だと考えますか?

このテーマについては、これまでにも少し触れてきましたが、私自身、現在もっとも関心があるのは生成AIを取り巻く法制度です。
その制度によって、生成AIの活用が「使いやすくなる」のか「使いにくくなる」のか──それは各国の価値観や政策判断次第ですが、どちらに転ぶかによって、生成AIが“天使”にも“悪魔”にもなりうるという点は重要です。

少なくとも、生成AIを軸にした法整備の議論は今後確実に出てくるでしょうし、それに対する私たち一人ひとりの“備え”としては、AIを自然に生活に取り込む意識が必要だと思います。

たとえば、ノートパソコンやスマートフォンも、30年前は一部の人しか持っていなかったのに、今では誰でも当たり前に使うようになりましたよね。
同じように、生成AIも今後“当たり前の道具”として社会に溶け込んでいくと考えています。

実際、私の子ども(中学1年生)が通う学校でも、冬休み前に「生成AIをむやみに使わないように」という注意喚起があったそうです。
つまり、生成AIについての注意が子どもたちに向けて発信されている時点で、すでに社会に浸透し始めている証拠なんだと思います。

今後は、生成AIを“当たり前の存在”として受け入れた世代が社会の中心になっていくでしょう。
そうなると、「AI対人間」という今のような構図ではなく、“AIネイティブ”な社会を前提とした制度設計が必要になると思っています。

また、知的財産制度の観点で言えば、すでにAIが特許文書を“読む”フェーズには入っています

私の周りでも、AIを使った特許検索ツールや要約ツールを開発・販売している弁理士がいて、実際に私もそうしたツールを活用しています。
たとえば、ChatGPTのような生成AIに長文を読み込ませて要約させることもできるし、「AIが特許文書を読む」ことはもう当たり前になりつつある

一方で、まだ「AIが特許文書を“書く”」ところまでは半分しか来ていないという印象です。
ただ、それも時間の問題で、AIが特許を書き、それをAIが読むという世界が実現したとき
もはや人間が関与する必要がなくなる、つまり人間のための制度としての特許制度自体が成立しなくなる可能性すらあるのでは、と思うんです。

そういう意味では、今後は「AIを知的財産制度の中でどう位置づけるのか」「どこまで受け入れ、どこから排除するのか」という、“開国”か“鎖国”かのような大きな議論が求められると思います。

ただ、それをどのように決めていくべきか、どう進めていくべきか──
正直、私自身もまだ答えが見えていません。むしろ、誰かに聞きたいくらいです。

でも、ひとつだけ確かなのは、生成AIの存在を前提とした社会システム・法制度の再設計が、求められるということです。

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弁理士 小牧 佳緒里(執筆) 弁理士法人白坂 弁理士 お茶の水女子大学卒業後、都内の弁理士事務所に勤務し、その後弁理士試験に合格。 合格後は、現在弁理士法人白坂に所属し、特許をはじめ、商標、意匠、外国出願など幅広い知的財産分野に対応。 クライアントの知的財産戦略を多角的にサポートし、企業のブランド価

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